Untitled Document
  • About Songpa
  • Culture/Tourism
  • Tour Guide
  • Resident Service
  • Information
  • Site Map

沿革

ソンパ(松坡)紹介 >歴史>沿革
1861年金正浩 大东舆地图
ソンパという地名は、高麗時代からあったと推定されており、松の木が多い丘という意味で、ソンパと名づけられた。

ソンパ地域はハンガン沿岸に位置するという地理的な条件から先史時代から新石器の人々が居住していた。 古代国家の成立と共に古朝鮮の人々が生活し、百済の始祖・温祚(オンジョ)王から21代蓋鹵(ケロ)王までの約493年間、百済の都であった。 4世紀後半から新羅が三国を統一した7世紀後半まで、ハンガン流域は百済(河南慰礼城及び漢城)、高句麗(南平壌城)、新羅(漢山州-南漢山州-漢州)の勢力争いが激しかった地域である。

チャムシルは、朝鮮王朝初期、世宗の王命により今のチャムシル地域に桑の木が植えられ、トンチャムシルと呼ばれた。 今のソクチョン湖にあるソンパ船着場は、高麗と朝鮮王朝に至る1千年の間、漢城、チュンチョンド(忠清道)、キョンサンド(慶尚道)を結ぶ重要な商業の交通路であり、 ソンパジャンは全国各地の産物が集った中心地であり、当時一般的であった5日市ではなく、常設店舗が早くから形成された、朝鮮時代15大市場の一つだった。

Untitled Document