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ソウル芳夷洞(バンイドン)古墳群

ソンパ(松坡)紹介 >歴史>ソウル芳夷洞(バンイドン)古墳群
芳夷洞(バンイドン)百濟(ベクジェ)古墳
時代
百済時代初期
指定
史蹟 第270号 (1979. 12. 28)
位置
松坡区 オグムロ 219 (芳夷洞125)
规模
31,154㎡
規模
[バス] 3313, 3315, 3414, 3216
[地下鉄] 5号線

本来、農業を営む自然部落の裏山の所々にあり、規
模は大きいが、ほぼ平らで、勾配が緩やかな形をしていることから、馬の墓だとも伝えらた。1975年と1976年の現場確認では民間人の墓が30余基も混在しており、それらは高麗と朝鮮朝の墓地として使われていたことが分かった。

現在確認されている8基を中心に、9千余坪を保護地域として公園化し、内部を復元して一般に公開している。自然石で壁面を積み上げ、天井もまたアーチ (arch)型に処理した。壁画の痕跡は見えず、副葬品もほとんど無くなっている。紀元前5世紀から百済末期まで続く墓制に従っており、規模もかなり大きいことからしても百済系の王や王室に近い上流層の墳墓であると考えられる。


この地域一帯で先史時代の住居址に見られる地や、石像、石剣の破片、百済時代の土器などが発見された点から見て、ここが長い期間にわたって文化の基盤となってきたものと推測することができる。横穴式石室墳である第1号墳は、百済中期の首都だった公州松山里の第5号墳とその構造形式が似ており、古墳群の構造形式が公州古墳に引き継がれたものと推測できる。

この古墳群は可楽洞、石村洞古墳と共に漢城百済の風習を知るための文化史蹟として大きな意義を持つ遺跡だと言える。


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